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愛の章(2)
前回は、コリント人への手紙第一の「愛の章」を何回かに分けて読む、という予告をしたのですが、よく読んでみると、分けにくいということがわかったので、今回だけで読みたいと思います。前回も引用したのですが、今回も同じ箇所を引用してから解説していくことにします。

Love is patient and kind. Love is not jealous or boastful or proud or rude. It does not demand its own way. It is not irritable, and it keeps no record of being wronged. It does not rejoice about injustice but rejoices whenever the truth wins out. Love never gives up, never loses faith, is always hopeful, and endures through every circumstance.

愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜びます。すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。


日本語で「寛容」と訳されている"patient"という単語は、「辛抱強い」とか「忍耐強い」と訳される単語ですが、正確に言うと、「遅延や、問題や苦しみを、いらだったり、不安になったりせずに受け入れるか耐える」という意味です。英訳の次の文の"jealous"は、「嫉妬を感じる」という形容詞、"boastful"も形容詞で「自慢する」ということです。次の"proud"という形容詞は多義語で、ポジティブな意味もありますが、ここではネガティブな意味で、自分が他の人々よりも優れている、と感じている状態を指します。"rude"は"polite"の対義語で、"impolite"の類義語です。他者に対して無作法だ、ということです。

次の文、"It does not demand its own way."は、わかりにくいですが、"demand"は「要求する」ことですので、直訳すると、「愛はそれ自身の道(やり方)を要求しない」ということになります。"New International Version"では、"it is not self-seeking"と訳されています。"self-seeking"というのは、「他者よりも自分自身に利益を与えるようなことをすることだけに関心を持つ」という意味ですので、こちらの方がわかりやすいですね。

次の文の"irritable"は、簡単にいらだったり、おこったりするような性質を表します。"keep no records of being wronged"の"keep no record of"は「~を記録しておかない」ということで、"being wronged"の"wrong"という動詞は、「(人を)不当に扱う」ということですので、このフレーズは、「不当に扱われたことを記録しておかない」、つまり、「不当に扱われてもそのことを記憶にとどめておかない」ということだと解釈できます。

次の文に出てくる動詞の"rejoice"は、ただ単に「喜ぶ」のではなく、「大いに喜ぶ」ことです。"injustice"は、「不正、不公平」。"win out"は「戦いのあとに成功したり、他者に勝ったりする」ことです。「愛は不正を大いに喜ぶことはないが、真理が勝利したときはいつでも、大いに喜ぶ。」

最後の文は、「愛は決して諦めず、決して信仰を失わず、いつも希望を抱き、すべての状況を通して耐え忍ぶ」と直訳できます。

三浦綾子氏は「光あるうちに」という著書で、今回引用した箇所の「愛」を「私」に変えてみるように、とアドバイスしています。私がやってみたら、「私は寛容であり」にしたとたんに、全く当てはまらないことに気がつきました。人からは"patient"だとよく言われますが、いつでも「遅延や、問題や苦しみを、いらだったり、不安になったりせずに受け入れる」かどうかは非常に怪しいです。皆さんも試しに、「愛」を「私」に変えてみてはいかがでしょうか。

今週の土曜日までに、時間の余裕があれば、1回更新できるかもしれません。もし無理だったら、次回の更新は6月25日以降になります。
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テーマ:聖書・キリスト教 - ジャンル:学問・文化・芸術

【2009/05/05 11:21】 | コリント人への手紙 第一 | トラックバック(0) | コメント(0)
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英語と日本語で聖書を読む


英語の聖書と日本語の聖書(新改訳)の両方について、私なりに理解したことや、聖句によって教えられたことなどを書いていくつもりです。読者の皆さんにとっては、英語の勉強にもなると思います。

プロフィール

crape myrtle

Author:crape myrtle
企業の英語研修や、成人対象の英会話クラスなどの講師をしています。2006年の4月から本格的に聖書を読み始めました。聖書は英語で読んだほうが日本語で読むよりも理解しやすい場合が多いような気がします。

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