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苦難のしもべ(イザヤ書第53章1~3節)

Who has believed our message
and to whom has the arm of the LORD been revealed?
He grew up before him like a tender shoot,
and like a root out of dry ground.
He has no beauty or majesty to attract us to him,
nothing in his appearance that we should desire him.
He was despised and rejected by men,
a man of sorrows, and familiar with suffering.
Like one from whom men hide their faces
he was despised, and we esteemed him not.

私たちの聞いたことを、だれが信じたか。
主の御腕は、だれに現れたのか。
彼は主の前に若枝のように芽ばえ、
砂漠の地から出る根のように育った。
彼には、私たちが見とれるような姿もなく、輝きもなく、
私たちが慕うような見ばえもない。
彼はさげすまれ、人々からのけ者にされ、
悲しみの人で病を知っていた。
人が顔をそむけるほどさげすまれ、
私たちも彼を尊ばなかった。


最初の行を読んでまず浮かぶ疑問は、"our message"の"our"はいったいだれを指すのか、ということでしょう。「新改訳聖書」の注釈には、「預言者と彼を通して神のメッセージを聞いた人々」と書いてあります。預言者だけでなく、預言者から神のメッセージを聞いた人々も、ほかの人にそのメッセージを伝えたが、そのメッセージを信じた人は、非常に少なかった、という意味のようです。2行目の"the arm of the LORD"(「主の御腕」)の意味もわかりにくいと思います。聖書では、「腕」という語は活動力の比喩として使われるそうです。ここでは、「力」の同義語だということですので、2行目の英語訳を日本語に直訳すると、「だれに対して主の力は示された(表された)のか」になります。"reveal"は"show"の類義語です。1行目からのつながりを考えると、「神のメッセージを信じた人」=「主の力が示された(表された)人」と解釈することができます。

次の行を読んでみますと、"He grew up before him"の"him”はだれを指すのだろうかと思いますが、日本語訳では「主」と訳されていて、その解釈が正しいようです。この句に続く"like a tender shoot"の"tender"は植物に使われる場合、"easily injured by severe weather and therefore needing protection"(悪天候によって容易に傷むので、保護が必要である)という意味で、"shoot"は「若枝」または「新芽」のことですので、この行を日本語に直訳すると、「彼は主の前で、傷みやすい若枝のように成長した」というふうになります。これに続く、"like a root out of dry ground"は「乾いた地から出る根のように」という意味で、「彼」は悪条件の中で成長した、ということになります。この「彼」はメシアを指します。次の行の"majesty"は「威厳」と訳せますので、この行は、「彼には私たちを彼にひきつける美しさあるいは威厳はなかった」という意味です。その次は補足の部分です。"desire"は"want"の類義語で、"nothing"以下を日本語に直訳すると、「私たちが彼を求める気持ちを起こさせるようなものは、彼の外見には、何もない」となり、新改訳の日本語訳とは微妙にニュアンスが違うようです。

次は、「彼は人々から軽蔑され、拒絶された」で、それに続く「a man of sorrows"は「悲しみの人」ですが、"familiar with suffering"の"suffering"は、「苦痛」のことですから、「苦痛をよく知っている」という意味になります。"Like one from whom men hide their faces"の"one"は漠然としていますが、「人」または「者」のことで、"from whom"の"whom"の先行詞は"one"ですから、この行は、「人々が自分の顔を(その人から)隠す者のように」というような意味で、人々はその人を見たくないので、自分の顔をその人から隠すぐらいに、その人を忌み嫌っている、ということになります。次の行では"he was despised"が繰り返されています。「彼」の軽蔑のされ方は、彼を見たくないばかりに人々が自分の顔を隠すほどであった、ということだと思います。最後の"we esteemed him not"は見慣れない語順ですが、英語の詩ではこのような語順になることが時々あるようです。"esteem"はここでは動詞として使われていて、"respect, admire"(尊敬する、賞賛する)という意味ですから、これは、「私たちは彼を尊敬しなかった」と直訳できます。

以前更新したときからずいぶん間が空いてしまいましたが、次回はできれば年末までに更新したいと思っております。今回の続きの、4~6節を取り上げます。
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テーマ:聖書・キリスト教 - ジャンル:学問・文化・芸術

【2008/12/26 16:14】 | イザヤ書53章 | トラックバック(0) | コメント(0)
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英語と日本語で聖書を読む


英語の聖書と日本語の聖書(新改訳)の両方について、私なりに理解したことや、聖句によって教えられたことなどを書いていくつもりです。読者の皆さんにとっては、英語の勉強にもなると思います。

プロフィール

crape myrtle

Author:crape myrtle
企業の英語研修や、成人対象の英会話クラスなどの講師をしています。2006年の4月から本格的に聖書を読み始めました。聖書は英語で読んだほうが日本語で読むよりも理解しやすい場合が多いような気がします。

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