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聖書に由来する英語のイディオム(1)
TIMEやNEWSWEEK、英字新聞、英語圏で書かれた小説などには、聖書に由来するイディオムが使われていることがあります。そのようなイディオムの中には日常会話で頻出するものもありますので、英語学習者なら覚えておきたいものばかりですが、聖書についての知識があると覚えやすくなるでしょう。今日から何回かに分けて、そのようなイディオムを1つずつ取り上げたいと思います。

イディオムその1 the salt of the earth
トム・ハンクスが主演して大ヒットした映画、『フォレスト・ガンプ』の原作の小説にこの表現が使われています。コウビルドという英英辞典では、このイディオムは次のように定義されています。

If you describe someone as the salt of the earth, you are showing admiration for their honesty and reliability.


つまり、正直で信頼できる人を賞賛するときにこの表現が使われる、ということです。フォレスト・ガンプが"the salt of the earth"と呼ばれているのは、こういう意味だったのですね。

この表現は新約聖書に由来しています。「マタイの福音書」の第5章から第7章は、「山上の垂訓」(the Sermon on the Mount)と呼ばれる有名な箇所ですが、その途中でイエスが次のように述べています。

You are the salt of the earth. But if the salt loses its saltiness, how can it be made salty again? It is no longer good for anything, except to be thrown out and trampled by men. (Matthew 5:13)


あなたがたは、地の塩です。もし塩が塩けをなくしたら、何によって塩けをつけるのでしょう。もう何の役にも立たず、外に捨てられて、人々に踏みつけられるだけです。(マタイ 5:13)


ここではイエスの弟子たちが"the salt of the earth"(「地の塩」)にたとえられています。古代からずっと、塩は最も価値があるものとされてきました。ローマ帝国の兵士たちは給料の一部を塩でもらっていて、salary(語源はラテン語の"salarium"="salt money")という単語はそのことに由来しています。イエスが言いたかったのは、クリスチャンはこの地上において非常に価値がある存在、大切な役割を果たす存在だ、ということだと思います。"if the salt loses its saltiness, how can it be made salty again?"は、新改訳聖書では、「もし塩が塩けをなくしたら、何によって塩けをつけるのでしょう。」と訳されていますが、"how can it be made salty again?"を直訳すると、「どのようにして(塩を)もう一度塩辛くすることができますか」となります。「地の塩」であるクリスチャンの持つ"saltiness"(塩け、塩辛さ)とは、彼らの持つ価値のことであり、それを失ってしまえば、「何の役にも立た」なくなってしまいます。彼らが持っている価値というのは、上記のコウビルドの定義によると、"honesty"(正直であること)と"reliability"(信頼できる人物であること)です。ODE(Oxford Dictionary of English)には、この2つの性質に加えて、"great kindness"(非常に親切であること)が挙げられています。
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テーマ:英語 - ジャンル:学問・文化・芸術

【2006/10/19 22:42】 | イディオム | トラックバック(0) | コメント(1)
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(このブログとリンクさせていただいている「人生と聖書」の執筆者、金野先生からのコメントです。)
IIコリント4:6~7
「光が、やみの中から輝き出よ」と言われた神は、私たちの心を照らし、キリストの御顔にある神の栄光を知る知識を輝かせてくださったのです。私たちは、このを、土の器に入れているのです。それは、この測り知れない力が神のものであって、私たちから出たものでないことが明らかにされるためです。

 「土の器」はクリスチャン、「宝」はイエス・キリストを指します。マタイ5:13の「地の塩」も、5:14の「世の光」もクリスチャンを指します。そして、「塩」、「光」はイエス・キリストのことです。

II列王記2:19~21
 この町の人々がエリシャに言った。「あなたさまもご覧のとおり、この町は住むのには良いのですが、水が悪く、この土地は流産が多いのです。」すると、エリシャは言った。「新しい皿にを盛って、私のところに持って来なさい。」人々は彼のところにそれを持って来た。エリシャは水の源のところに行って、をそこに投げ込んで言った。「主はこう仰せられる。『わたしはこの水をいやした。ここからは、もう、死も流産も起こらない。』」

ヨハネ8:12
 イエスはまた彼らに語って言われた。「わたしは、世のです。わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、いのちのを持つのです。」

ヨハネ11:9~10
イエスは答えられた。「昼間は十二時間あるでしょう。だれでも、昼間歩けば、つまずくことはありません。この世のを見ているからです。しかし、夜歩けばつまずきます。がその人のうちにないからです。」

 キリスト者はイエス・キリストとともに歩んでいるものですから、イエス・キリストの力によって世の腐敗をとどめる働き(塩の働き)ができるし、複雑な人間関係の中においても、親切で塩味のきいた言葉を話すことによって円滑に、和やかにする働きかけができます。

コロサイ4:6
あなたがたのことばが、いつも親切で、塩味のきいたものであるようにしなさい。そうすれば、ひとりひとりに対する答え方がわかります。

 「世の光」としてのクリスチャンの働きは、落ち込んでいる心に望みを、悲しんでいる心に喜びを与え、孤独な人に、「ひとりではないよ」と愛をもたらすことです。キリスト者たちの内に働く聖霊の力によって、光として用いてもらえるのです。すべて、主の恵みです。
 ですから、正直でなくなったら、あるいは親切でなくなったら存在価値を失う、ということではなくて、主イエス・キリストと無関係に生き続けたら、その人は塩気をなくし、光も消えて、本当のいのちを失った存在になるのだと警告されているのだと思います。
【2007/01/03 18:41】 URL | crape myrtle #-[ 編集]
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英語と日本語で聖書を読む


英語の聖書と日本語の聖書(新改訳)の両方について、私なりに理解したことや、聖句によって教えられたことなどを書いていくつもりです。読者の皆さんにとっては、英語の勉強にもなると思います。

プロフィール

crape myrtle

Author:crape myrtle
企業の英語研修や、成人対象の英会話クラスなどの講師をしています。2006年の4月から本格的に聖書を読み始めました。聖書は英語で読んだほうが日本語で読むよりも理解しやすい場合が多いような気がします。

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