スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告
愛の章 (1)
「コリント人への手紙 第一」の13章は「愛の章」と呼ばれているそうです。この章のうち、「愛」について特に詳しく説明されている箇所(第4節から第7節まで)を、今回から少しずつ読んでいきたいと思います。まず、今回は、この箇所の英訳と日本語訳を引用します。

Love is patient and kind. Love is not jealous or boastful or proud or rude. It does not demand its own way. It is not irritable, and it keeps no record of being wronged. It does not rejoice about injustice but rejoices whenever the truth wins out. Love never gives up, never loses faith, is always hopeful, and endures through every circumstance.

愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜びます。すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。

スポンサーサイト

テーマ:聖書・キリスト教 - ジャンル:学問・文化・芸術

【2009/04/27 20:45】 | コリント人への手紙 第一 | トラックバック(0) | コメント(0)
神の計画

You can make many plans,
but the LORD's purpose will prevail. (Proverbs 19:21)

人の心には多くの計画がある。
しかし主のはかりごとだけが成る。 (箴言 19:21)

以前ご紹介した箴言16:9の「人は心に自分の道を思い巡らす。しかし、その人の歩みを確かなものにするのは主である。」と似たような意味の聖句です。

今日は日本語訳のほうから読んでみたいと思います。2行目の「主のはかりごと」は、新改訳聖書の注釈によると、「神の計画」のことだそうです。「神の計画」の定義も書かれていて、それによると、「神は唯一の主権者であり、支配者なので、すべてのことを、この世の始まる前から、ご自身の意思により計画された。神は完全であるゆえに、神の計画も完全で、変更されることはない。」ということです。

「神の計画」に関連する聖句はほかにもあります。

But the LORD's plans stand firm forever;
his intentions can never be shaken. (Psalm 33:11)

主のはかりごとはとこしえに立ち、
御心の計画は代々に至る。(詩篇33:11)

英訳の2行を日本語に直訳すると、「しかし主の計画は永遠に堅く立つ。主の意図(御心)が揺るがされることは決してあり得ない。」となります。

You do such wonderful things!
You planned them long ago,
and now you have accomplished them. (Isaiah 25:1)

あなたは遠い昔からの不思議なご計画を、
まことに、忠実に成し遂げられました。(イザヤ25:1)

英訳の3行は、「あなた(主)は非常に素晴らしいことをなさっています!あなたは遠い昔にそれらを計画され、そして今、あなたはそれらを成し遂げられました。」という意味です。

冒頭の箴言19:21の英訳を日本語に直訳してみます。「あなたは多くの計画を立てることができる。しかし、主の目的が(それらの計画に)打ち勝つだろう。」"prevail"は自動詞で、「打ち勝つ、まさる」と訳せます。つまり、人が多くの計画を立てても、実現するのは神が立てられた計画のみである、と解釈することができます。

同じような意味の聖句をもう一つご紹介しましょう。

We can make our own plans,
but the LORD gives the right answer. (Proverbs 16:1)

人は心に計画を持つ。
主はその舌に答えを下さる。(箴言16:1)


英訳の2行は、「私たちは自分自身の計画を立てることができるが、主が正しい答えを下さる。」という意味です。新改訳聖書の注釈には、「人間は心にいろいろと計画を練るが、究極的な答えは主によって与えられる。」と書いてあります。

テーマ:聖書・キリスト教 - ジャンル:学問・文化・芸術

【2009/04/25 17:32】 | 箴言 | トラックバック(0) | コメント(0)
パウロの告白 その4

Oh, what a miserable person I am! Who will free me from this life that is dominated by sin and death?Thank God! The answer is in Jesus Christ our Lord. (Romans 7: 24~25)

私は、本当にみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるのでしょうか。私たちの主イエス・キリストのゆえに、ただ神に感謝します。(ローマ7:24~25)

今回取り上げた部分は非常に短いですが、日本語訳を読んでもわからない部分が、英訳を読むとわかるのではないかと思います。

英訳の最初の文は、「ああ、私は何とみじめな人間なのでしょうか!」ということで、日本語訳と大体同じです。次の文からは、英訳の方が日本語訳よりもずっとわかりやすいのではないかと思います。2つ目の文は、「だれが、罪と死に支配されているこの人生から私を解放してくれるのでしょうか?」という意味です。日本語訳の「この死の、からだ」というのは、新改訳聖書の注釈によると、「生きていながら、神から離れて滅びに向かっている自分、の意」だそうです。罪によって「神から離れ」、「滅び」すなわち「死」に向かっている、ということでしょう。

"Thank God!"以下は、「神に感謝しなさい(神に感謝しよう)!その答えは、私たちの主、イエス・キリストの内にあるのです。」という意味です。「その答え」というのは、その前の"Who will free me ...?"という質問の答え、ということです。ここで注目したいのは、英訳が、"The answer is Jesus Christ ..."ではなくて、"The answer is in Jesus Christ..."となっていることです。これは、ただ単に、「私を罪と死に支配されている人生から解放してくれるのは、イエス・キリストだ」という意味ではなく、「イエス・キリストの内にあるものが、私を罪と死に支配されている人生から解放してくれる」という意味だと思われます。それでは、「イエス・キリストの内にあるもの」とはいったい何でしょうか。ローマ人への手紙8:1~2を読むとその答えがわかるのではないかと思います。

So now there is no condemnation for those who belong to Christ Jesus. And because you belong to him, the power of the life-giving Spirit has freed you from the power of sin that leads to death.

こういうわけで、今は、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。なぜなら、キリスト・イエスにある、いのちの御霊の原理が、罪と死の原理から、あなたを解放したからです。

上記の箇所の英訳は、「ですから、今は、キリスト・イエスに属している人々に対する咎めはありません。そして、あなたは彼に属しているので、いのちを与える聖霊の力が、死につながる罪の力からあなたを解放したのです。」という意味です。ここでは、日本語訳の「キリスト・イエスにある、いのちの御霊の原理」という表現に注目したいと思います。新改訳聖書の注釈には、「いのちの御霊の原理」というのは、「信者の生活の中に働かれる聖霊の働きのこと」だと書いてあります。つまり、イエス・キリストの内にとどまれば、「いのちを与える聖霊の力」が働いて、あなたを「罪と死に支配されている人生」から解放する、という意味だと解釈できます。

テーマ:聖書・キリスト教 - ジャンル:学問・文化・芸術

【2009/04/21 22:03】 | ローマ人への手紙 | トラックバック(0) | コメント(0)
パウロの告白 その3

And I know that nothing good lives in me, that is, in my sinful nature. I want to do what is right, but I can't. I want to do what is good, but I don't. I don't want to do what is wrong, but I do it anyway. But if I do what I don't want to do, I am not really the one doing wrong; it is sin living in me that does it. I have discovered this principle of life - that when I want to do what is right, I inevitably do what is wrong. (Romans 7: 18~21)

私は、私のうち、すなわち、私の肉のうちに善が住んでいないのを知っています。私には善をしたいという願いがいつもあるのに、それを実行することがないからです。私は、自分でしたいと思う善を行わないで、かえって、したくない悪を行っています。もし私が自分でしたくないことをしているのであれば、それを行っているのは、もはや私ではなくて、私のうちに住む罪です。そういうわけで、私は、善をしたいと願っているのですが、その私に悪が宿っているという原理を見いだすのです。(ローマ7:18~21)


前回の続きの部分です。英訳の最初の文から読んでみます。「そして私は、私の中に、すなわち、私の罪の(罪深い)性質の中に、何も良いものが住んでいないのを知っています。」日本語訳で「肉」と訳されている語は、「新生していない、生来の人間性、あるいは罪の欲情に支配された人間性」を意味するそうです。英訳の次の文は、「私は正しいことをしたいのですが、できません。」New International Versionを参照しようとしたところ、なぜか見当たらないのですが、おそらく上記の英訳はかなり意訳されているのではないかと思われます。

" I want to do what is good, but I don't. I don't want to do what is wrong, but I do it anyway."は、日本語訳では1つの文になっています。英訳の意味は、「私は良いことをしたいのですが、しません。私は間違ったことをしたくないのですが、とにかくそれをします。」次の文は、「しかし、もし私が、自分がしたくないことをしているとすれば、私は本当は、間違ったことをしている者ではありません。それをするのは、私の中に住んでいる罪です。」

最後の文は、「私はこの(以下の)人生の原理を発見しました―私は正しいことをしたいとき、必然的に間違ったことをするという(原理です)。」ここで使われている"inevitably"という語は、日本語では通常、「必然的に」と訳されますが、コウビルド英英辞典によると"unavoidably"(避けられず)の類義語だそうです。つまり、この文脈では、「正しいことをしたいと思っても、間違ったことをすることが避けられない、どうしても間違ったことをしてしまう」というような意味になります。

パウロはここで自分自身のことを告白しているのですが、これはまさしく私自身の姿でもあります。このような人はほかにもたくさんいるのではないかと思います。

テーマ:聖書・キリスト教 - ジャンル:学問・文化・芸術

【2009/04/16 21:28】 | ローマ人への手紙 | トラックバック(0) | コメント(2)
パウロの告白 その2

I don't really understand myself, for I want to do what is right, but I don't do it. Instead, I do what I hate. ... (Romans 7:15)

私には、自分のしていることがわかりません。私は自分がしたいことをしているのではなく、自分が憎むことを行っているからです。(ローマ7:15)

前回予告したとおり、前回引用した箇所を、今回から3回ぐらいに渡って少しずつ解説していきたいと思います。今回は1節だけです。

英訳の部分を日本語に直訳してみましょう。その上で、新改訳聖書の日本語訳と比較してみたいと思います。まず、"I don't really understand myself"というのは、「私は私自身を本当には理解していません」という意味です。その次の"for I want to do what is right, but I don't do it."は、「なぜなら、私は正しいことをしたいのですが、それをしません。」"Instead, I do what I hate."は、「その代わりに(そうではなくて)私は自分が憎む(嫌う)ことをしています」と訳せます。

新改訳の日本語訳を読んでみます。「私には、自分のしていることがわかりません。」というのは、上記の英訳とは少し意味が違うように思えます。New International Versionの英訳は、"I do not understand what I do."ですので、こちらの方が上記の日本語訳と近いようです。おそらくこちらの方が原語に近い訳なのではないかと思われます。次の「私は自分のしたいことをしているのではなく」も上記の英訳とは少し違います。New International Versionの"what I want to do I do not do"(自分がしたいことを私はしていません)の方が新改訳の日本語訳と似ています。最後の「自分が憎むことを行っている」というのは、英訳とほぼ同じです。

冒頭の、New Living Translationの訳は、おそらく意訳なのではないかと思われます。パウロの言う、「自分のしたいこと」というのは、「正しいこと」だと解釈したのでしょう。文脈から考えると、これはいわゆる「善行」のことなのではないかと思われます。私もパウロと同じように、善行をしたいと思ってもそれをする力は私自身にはないのだということを、20代半ばの頃に悟りました。「自分が憎むことを行っている」というのは、今でも相変わらず続いています。

テーマ:聖書・キリスト教 - ジャンル:学問・文化・芸術

【2009/04/13 11:34】 | ローマ人への手紙 | トラックバック(0) | コメント(1)
パウロの告白 その1
5月中旬からは、また更新が間遠になってしまうかもしれないので、時間の余裕が比較的ある今のうちに、できるだけ更新しておくことにします。

今回からは、私が初めて読んだときに非常に驚いた箇所をご紹介します。というのは、これはまさしく私自身のことだ、と思ったからです。今日は、その箇所全体を英語と日本語で引用しますが、次回から少しずつ説明していくことにしたいと思います。なお、今までは英語訳はNew International Versionから引用していましたが、私と同じ教会に通っている人たちのうちのお二人から、「難しい」と言われたことがあるため、今後は今日入手したばかりのNew Living Translationを使用したいと思います。後者の方が易しい英語で書かれているということですので。日本語訳は従来どおり新改訳聖書から引用します。

I don't really understand myself, for I want to do what is right, but I don't do it. Instead, I do what I hate. ...

And I know that nothing good lives in me, that is, in my sinful nature. I want to do what is right, but I can't. I want to do what is good, but I don't. I don't want to do what is wrong, but I do it anyway. But if I do what I don't want to do, I am not really the one doing wrong; it is sin living in me that does it.

I have discovered this principle of life - that when I want to do what is right, I inevitably do what is wrong. ...Oh, what a miserable person I am! Who will free me from this life that is dominated by sin and death?Thank God! The answer is in Jesus Christ our Lord. (Romans 7: 15~25)

私には、自分のしていることがわかりません。私は自分がしたいことをしているのではなく、自分が憎むことを行っているからです。・・・私は、私のうち、すなわち、私の肉のうちに善が住んでいないのを知っています。私には善をしたいという願いがいつもあるのに、それを実行することがないからです。私は、自分でしたいと思う善を行わないで、かえって、したくない悪を行っています。もし私が自分でしたくないことをしているのであれば、それを行っているのは、もはや私ではなくて、私のうちに住む罪です。そういうわけで、私は、善をしたいと願っているのですが、その私に悪が宿っているという原理を見いだすのです。・・・私は、本当にみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるのでしょうか。私たちの主イエス・キリストのゆえに、ただ神に感謝します。(ローマ7:15~25)

テーマ:聖書・キリスト教 - ジャンル:学問・文化・芸術

【2009/04/07 22:01】 | ローマ人への手紙 | トラックバック(0) | コメント(0)
イザヤ書53章10~12

Yet it was the LORD's will to crush him and cause him to suffer,
and though the LORD makes his life a guilt offering,
he will see his offspring and prolong his days,
and the will of the LORD will prosper in his hand.
After the suffering of his soul,
he will see the light of life and be satisfied;
by his knowledge my righteous servant will justify many,
and he will bear their iniquities.
Therefore I will give him a portion among the great,
and he will divide the spoils with the strong,
because he poured out his life unto death,
and was numbered with the transgressors.
For he bore the sin of many,
and made intercession for the transgressors. (Isaiah 53: 10~12)

しかし、彼を砕いて、痛めることは
主のみこころであった。
もし彼が、自分のいのちを
罪過のためのいけにえとするなら、
彼は末長く、子孫を見ることができ、
主のみこころは彼によって成し遂げられる。
彼は、自分のいのちの
激しい苦しみのあとを見て、満足する。
わたしの正しいしもべは、
その知識によって多くの人を義とし、
彼らの咎を彼がになう。
それゆえ、わたしは、多くの人々を彼に分け与え、
彼は強者たちを分捕り物としてわかちとる。
彼が自分のいのちを死に明け渡し、
そむいた人たちとともに数えられたからである。
彼は多くの人の罪を負い、
そむいた人たちのためにとりなしをする。(イザヤ53:10~12)

いよいよイザヤ書53章の最後の部分です。英訳の2行目の"cause him to suffer"は、新改訳聖書では「痛める」と訳されていますが、この英語は「彼を苦しませる」という意味です。英訳の2~4行目の意味は、日本語訳とはずいぶん違うように思われます。直訳すると、「そして主は彼のいのちを罪過のためのいけにえとしたが、彼は自分の子孫を見て、自分の日々(寿命)を延ばす(長くする)であろう、そして主のみこころ(意志)は彼の手の中で成し遂げられる("prosper"の文字通りの意味は「繁栄する、栄える」)。」となります。どちらの方がヘブル語の原文に近いのか、ぜひ知りたいところです。

英訳の次の2行も、日本語訳とはずいぶん意味が違うようです。この2行は、「彼の魂の苦しみのあとに、彼はいのちの光を見て満足するであろう」という意味です。もっとも、写本によっては"of life"は書かれていないそうですので、その場合は、「~彼は光を見て満足するであろう」となります。次の2行は日本語訳とほぼ同じ意味だと思います。

次の"Therefore"からも日本語訳とは意味が異なるところがあります。ここからを日本語に直訳してみますと、「それゆえ、わたしは偉大な者たちの間で彼に分け前を与えるだろう、そして、彼は強者たちといっしょに分捕り物を分け合うだろう。なぜなら彼は自分のいのちを死の上に注ぎ出し、そむいた人たちとともに数えられたからである。」となります。これはいったいどういうことなのか、と思いますが、私が借りている「イザヤ書第53章」という本にもはっきりしたことは書いてありませんでした。どなたか詳しい方がいらっしゃったら、ぜひこの部分の解釈をしていただきたいものです。

最後の2行も英訳と日本語訳では少しだけ意味が違います。英訳は"For"で始まっていますが、これは「なぜなら」という意味です。この2行を直訳すると、「なぜなら彼は多くの人の罪を負い、そむいた人たちのためにとりなしをしたからである。」となります。日本語訳の時制が現在であるのに対し、英訳は過去形になっています。いったいこの違いは何を意味するのでしょうか。

何だか疑問点だらけの説明になってしまいました。コメントを通して色々教えていただければ嬉しく思います。

テーマ:聖書・キリスト教 - ジャンル:学問・文化・芸術

【2009/04/05 16:27】 | イザヤ書53章 | トラックバック(0) | コメント(0)
ブログの新規開設
今日、このブログとは別に、新しいブログを開設しました。このブログ、「英語と日本語で聖書を読む」はまとまった時間がないとなかなか更新できず、「更新が遅い」というコメントをいただいたこともありますが、もう1つのブログ、「日々の雑感:すべては主のみ手にあり」では、聖書のことだけではなく、日々感じたことや、今までに出会った忘れ得ぬ人たちのことなどを、思いつくままに書いていき、できるだけ毎日更新したいと思っております。


この、「英語と日本語で聖書を読む」も、できるだけ更新していきたいと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。

テーマ:聖書・キリスト教 - ジャンル:学問・文化・芸術

【2009/04/01 21:59】 | お知らせ | トラックバック(0) | コメント(0)
英語と日本語で聖書を読む


英語の聖書と日本語の聖書(新改訳)の両方について、私なりに理解したことや、聖句によって教えられたことなどを書いていくつもりです。読者の皆さんにとっては、英語の勉強にもなると思います。

プロフィール

crape myrtle

Author:crape myrtle
企業の英語研修や、成人対象の英会話クラスなどの講師をしています。2006年の4月から本格的に聖書を読み始めました。聖書は英語で読んだほうが日本語で読むよりも理解しやすい場合が多いような気がします。

最近のコメント

最近のトラックバック

リンク

このブログをリンクに追加する

最近の記事

クリック募金

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

FC2ブログランキング

内容がお気に召したら、押してください。

FC2ブログランキング

FC2カウンター

カテゴリー

月別アーカイブ

ブログ内検索

RSSフィード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。