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みこころを行うこと

I desire to do your will, O my God;
your law is within my heart. (Psalm 40:8)

わが神。私はみこころを行うことを喜びとします。
あなたのおしえは私の心のうちにあります。(詩篇40:8)

何年か前にいただいた「みことばカレンダー」の最初にこの聖句が書かれています。これがおそらく信仰者の理想の姿なのではないかと思われます。

"desire"という動詞は、Oxford Dictionary of Englishによると、"strongly wish for or want (something)"、つまり、何かを強く願うことです。詩人は「みこころを行うことを強く願う」と言っています。"law"は「法律」と訳されることが多いですが、ここでは「おきて」と考えていいでしょう。神様が定められたおきてのことです。神のみこころは、神が定められたおきてに表されている、ということでしょう。そのおきてが「私の心のうちにある」と言われています。

この聖句から、以下のイエス・キリストの祈りを連想しました。

"My Father! If it is possible, let this cup of suffering be taken away from me. Yet I want your will to be done, not mine." (Matthew 26:39)

「わが父よ。できますならば、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願うようにではなく、あなたのみこころのように、なさってください。」(マタイ26:39)

"this cup of suffering"(この苦しみの杯)というのは、十字架での苦しみを指しています。「もし可能ならば、この苦しみの杯がわたしから取り去られるようにしてください」と祈っていますが、その後に、「しかし、わたしはあなた(父なる神)のみこころが行われることを望みます、わたしの意志(願い)ではなく。」

自分の願いがかなうことではなく、神のみこころが行われることを望む、というのも、信仰者の理想の姿でしょう。なかなか難しいことではありますが。
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【2010/01/02 16:11】 | 詩篇 | トラックバック(0) | コメント(0)
この日を喜び楽しもう

This is the day the Lord has made;
let us rejoice and be glad in it. (Psalm 118:24)

これは、主が設けられた日である。
この日を楽しみ喜ぼう。(詩篇 118:24)



今回取り上げた聖句は、非常にわかりやすい英語と日本語に訳されていると思います。

1行目については説明の必要はないと思います。私が持っている新改訳聖書の注解には、「主が設けられた日」というのは、「救いを記念するための祝祭日」だと書かれていますが、そのような知識がなくても、これから始まる一日は、私たちのために主が造ってくださった特別な日なのだ、と考えて一日一日を過ごすこともできると思います。

2行目を見てみましょう。冒頭の"let us"は"let's"と同じで、「~しましょう」という意味です。"rejoice"は、"Oxford Dictionary of English"によると、"feel or show great joy or delight"という意味で、「大きな喜びを感じる、または行動に表す」ということです。"glad"は"feeling pleasure or happiness"で、「喜び(楽しみ)または幸せを感じる」という意味です。最後の"it"は前の行の"this day"を指していますから、「この日に喜びを感じ、それを行動に表しましょう」ということになるでしょう。

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【2008/04/27 21:52】 | 詩篇 | トラックバック(0) | コメント(0)
あなたの重荷を・・・
詩篇55:22

あなたの重荷を主にゆだねよ。
主は、あなたのことを心配してくださる。


 この聖句は、"New International Version"の聖書では、以下のように英訳されています。

Cast your cares on the Lord
and he will sustain you; (Psalm 55:22)


 上記の英語の"cares"は、コウビルド英英辞典によると、"worries, anxieties, or fears"、つまり、「心配事、不安、恐れ」のことです。"cast"は"throw"の類義語で、ここでは、「投げかける」というようなニュアンスだと思います。ですから、英訳の1行目を日本語に直訳すると、「あなたの心配事を、主に投げかけなさい。」というふうになります。

 英訳の2行目の"sustain"は、"Oxford Dictionary of English"によると、"strengthen or support physically or mentally"、「肉体的または精神的に強め、あるいは支える」という意味です。2行目の冒頭に"and"がありますから、この英語は、「そうすれば、主はあなたを支えてくださる」と訳すことができます。

 2行目は、日本語訳と英訳とでは、ずいぶん意味が違うように思われるのですが、いかがでしょうか。

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【2007/06/17 21:42】 | 詩篇 | トラックバック(0) | コメント(3)
詩篇23篇(3)
 今回は、詩篇23篇の最後の2節を読みます。

You prepare a table before me
in the presence of my enemies.
You anoint my head with oil;
my cup overflows.
Surely goodness and love will follow me
all the days of my life,
and I will dwell in the house of the Lord forever.

私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ、
私の頭に油をそそいでくださいます。
私の杯は、あふれています。
まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと
恵みとが、私を追って来るでしょう。
私は、いつまでも、主の家に住まいましょう。

 前節まででは主は羊飼いにたとえられていましたが、この2節では客を迎える主人にたとえられています。
 まず、英訳の最初の2行を見てみましょう。1行目の"table"は「テーブル」ではなくて、レストランや家で出される食事のことです。2行目の"inthe presence of my enemies"は、詩人が敵のすぐ近くにいる、つまり敵が目の前に迫っている状況を表します。
 英訳の3行目の"anoint"は、聖書に頻出する単語で、「油をそそぐ」という意味です。頭に油をそそぐ、というのは客を迎えるときの歓迎の行為です。ちなみに「キリスト」はヘブル語で「メシヤ」ですが、この語のもともとの意味は、"anointedone"、つまり、「油をそそがれた者」だそうです。イスラエルでは国王が任命されるときに頭に油がそそがれたことが旧約聖書に書いてありますが、この儀式には、神によって聖別される、という意味合いがあったそうです。ですからイエス・キリストは父なる神によって聖別されていることになります。
 英訳の5行目の"goodness"は"good"の名詞形ですので、「恵み」と訳すこともできると思います。"love"はもちろん「愛」ですが、日本語訳では「いつくしみ」になっています。6行目の"allthe days of my life"は直訳すると「私の人生のすべての日に」ですが、日本語訳のように「私のいのちの日の限り」にしたほうがが詩的な表現になります。
 最終行の"forever"は「永遠に」ですが、日本語訳では「いつまでも」になっています。それから、この行の"will"は5行目の"~willfollow"の"will"のような、単に未来のことを表す"will"ではありません。これは詩人の意志、つまり、「~しよう」という気持ちを表します。

 詩篇23篇は今回で終わりです。次回は、入院中に思い出したヨブ記の聖句を取り上げようかと思っていますが、もしかしたら気が変わって変更するかもしれません。

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【2007/01/30 22:00】 | 詩篇 | トラックバック(0) | コメント(0)
詩篇23篇(2)
 またまた長らくご無沙汰してしまい、申し訳ございません。実は1月9日に突然入院することになり、先週の金曜日(1月19日)にようやく退院することができました。これからは、少なくとも1週間に1度は更新したいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

 早速ですが、前回の続きの2節を読んでみましょう。

he restores my soul.
He guides me in the paths of righteousness
for his name's sake.
Even though I walk
through the valley of the shadow of death,
I will fear no evil,
for you are with me;
your rod and your staff,
they comfort me.

主は私のたましいを生き返らせ、
御名のために、私を義の道に導かれます。
たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、
私はわざわいを恐れません。
あなたが私とともにおられますから。
あなたのむちとあなたの杖、
それが私の慰めです。

 英訳の1行目の"restore"は多義語です。ここでは、「元の状態に戻す」というような意味合いで使われています。つまり、「主は、私のたましいを、生き生きとした状態に戻してくださる」ということです。
 2行目の"righteousness"は、日本語訳では「義」と訳されていますが、もう少し詳しく調べてみましょう。この名詞は、"righteous"という形容詞の派生語です。"righteous"は、ODE(Oxford Dictionary of English)によると、"morally right or justifiable"、つまり、「道徳的に正しい」という意味です。新改訳聖書の注釈によると、「義の道」は「神と共なる祝福された生活」のことだそうです。2行目と3行目の英訳を直訳すると、日本語訳の2行目のようになります。
 また、英訳の4,5行目を直訳すると、日本語訳の3行目のようになります。英訳の6行目の"evil"は日本語訳では「わざわい」になっています。"evil"は「悪」ではないのか、と思われるかもしれませんが、実はこれも多義語で、ここでは可算名詞(数えられる、複数形になる名詞)として使われ、「害を及ぼす事柄」、または「望ましくない事柄」という意味ですので、「わざわい」という日本語はぴったりです。
 英訳の下から2行目の"staff"も多義語ですが、ここでは"a long stick"、すなわち「長い杖」のことです。最後の2行は、主を羊飼いになぞらえて語られた言葉です。「むち」は野獣を追い払うために用いられ、「杖」は羊の数を数えるために用いられたそうですから、ここでは、主が「私」を守ってくださることを表しているように思われます。

 次回はこの詩の最後の2節を読みたいと思います。

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【2007/01/22 21:08】 | 詩篇 | トラックバック(0) | コメント(0)
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英語と日本語で聖書を読む


英語の聖書と日本語の聖書(新改訳)の両方について、私なりに理解したことや、聖句によって教えられたことなどを書いていくつもりです。読者の皆さんにとっては、英語の勉強にもなると思います。

プロフィール

crape myrtle

Author:crape myrtle
企業の英語研修や、成人対象の英会話クラスなどの講師をしています。2006年の4月から本格的に聖書を読み始めました。聖書は英語で読んだほうが日本語で読むよりも理解しやすい場合が多いような気がします。

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