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God is love.
"God is love." (1 John 4:8)、「神は愛です」(ヨハネの手紙第一4章8節)は有名な聖句で、クリスチャンではない人でも知っているのではないかと思います。英語のbe動詞は「イコール(=)」のことですから、God = Loveということになりますが、それでは愛(love)とは一体何でしょうか。コリント人への手紙第一の13章は愛の章と呼ばれているそうですが、参考までに和訳だけを引用します。

「愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜びます。すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。」(1コリント13:4~7)

この「愛」は人間の愛ではなく神の愛だ、とどこかで読んだことがあります。この聖句を読んだだけでは「愛」とは何かがまだ本当には分かりませんが、「愛」=「神」のことはそんなに簡単にわかるものではないのかもしれません。
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【2013/05/05 21:42】 | 聖書 | トラックバック(0) | コメント(2)
主を求めよ
お久しぶりです。今回は、日本語訳は新共同訳と新改訳の両方をご紹介します。

まずは、New Living Translationの英語訳です。

Seek the Lord while you can find him.
Call on him now while he is near. (Isaiah 55:6)


新共同訳では以下のように訳されています。

主を尋ね求めよ、見いだしうるときに。
呼び求めよ、近くにいますうちに。(イザヤ55:6)


最後は新改訳です。

主を求めよ。お会いできる間に。
近くにおられるうちに、呼び求めよ。(イザヤ55:6)


英語訳の1行目は、「あなたが主を見つけることができる間に、主を探し求めよ」、2行目は、「主が近くにおられる間に、今、主を呼び求めよ」という意味です。今が大事だ、ということでしょう。

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【2011/04/03 14:44】 | 聖書 | トラックバック(0) | コメント(0)
「神の栄光を現す」とは

...whether you eat or drink, or whatever you do, do it all for the glory of God. (1 Corinthians 10:31)

・・・あなたがたは、食べるにも、飲むにも、何をするにも、ただ神の栄光を現すためにしなさい。(1コリント10:31)


今回は、「神の栄光を現す」というのは、具体的には何を意味するのかを考えてみたいと思います。上記の英訳を読むと、「食べる場合であろうが、飲む場合であろうが、何をする場合でも、それをみな、神の栄光のためにしなさい」と書いてあります。日本語で「栄光」と訳される"glory"という語をOxford Dictionary of Englishで引くと、"praise, worship, and thanksgiving offered to God"、つまり、「神にささげられる賞賛(ほめたたえること)、賛美(崇拝)、感謝」と定義されています。ですから、「神の栄光のために」というのは、「神にささげられる賞賛、賛美、感謝のために」ということになります。

ではどうしたら、「神にささげられる賞賛、賛美、感謝のために」何かをすることができるのか、という疑問がわいてきます。この疑問を解決するのにいい方法は、新改訳聖書の引照を利用することではないかと思います。2つの聖句が引照されていますが、まず、1つ目を読んでみましょう。

...whatever you do or say, do it as a representative of the Lord Jesus, giving thanks through him to God the Father. (Colossians 3:17)

あなたがたのすることは、ことばによると行いによるとを問わず、すべて主イエスの名によってなし、主によって父なる神に感謝しなさい。(コロサイ3:17)

英訳の"representative"というのは「代理人」のことです。コウビルド英英辞典には、"a person who has been chosen to act or make decisions on behalf of another person or a group of people"(他の人またはあるグループの人々のために、行動または決定をするために選ばれた人)という定義が書いてあります。英訳は、「何をするにしても、何を言うにしても、主イエスを通して父なる神に感謝をささげながら、主イエスの代理人としてそれをしなさい。」という意味です。私たちが「神の栄光を現す」ことができるのは、「主イエスを通して父なる神に感謝をささげながら、主イエスの代理人として」何かをした場合、ということになります。「主イエスの代理人」というと大変なことのように聞こえますが、「主イエスのために何かをする」ために神によって選ばれた者として行動しなさい、ということです。主が力を与えてくだされば、このことは可能だと思います。

もう一つの引照も読んでみます。

Do you have the gift of speaking? Then speak as though God himself were speaking through you. Do you have the gift of helping others? Do it with all the strength and energy that God supplies. Then everything you do will bring glory to God through Jesus Christ. (1 Peter 4:11)

語る人があれば、神のことばにふさわしく語り、奉仕する人があれば、神が豊かに備えてくださる力によって、それにふさわしく奉仕しなさい。それは、すべてのことにおいて、イエス・キリストを通して神があがめられるためです。(1ペテロ4:11)


英訳の部分を精読してみたいと思います。"gift"というのは、神から与えられた賜物、才能のことです。"supply"は「供給する」と訳されることもありますが、この文脈では「与える」という意味です。この英文を最初から直訳してみますと、「語る(話す)才能(賜物)を持っていますか?それなら神ご自身があなたを通して語っておられるかのように語りなさい。他の人々を助ける(手助けする)才能を持っていますか?神が与えてくださっている力とエネルギーのすべてを使ってそれ(助けること)をしなさい。そうすれば、あなたのすることすべてが、イエス・キリストを通して神に栄光をもたらすでしょう。」となります。要するに、神に与えられた力とエネルギーのすべてを用いて(全力を尽くして)、才能(賜物)を生かすことが、神の栄光を現すこと、つまり、神がほめたたえられ、賛美、感謝されることにつながる、というわけです。

私の場合、このブログの管理・運営や、外国語教授法の研究(私の専門)を、私に与えられた力とエネルギーのすべてを用いてやっていくことが神の栄光を現すことにつながる、ということがわかりました。以前、「タラントのたとえ」をご紹介したときにも書きましたが、神から与えられた賜物(才能)を最大限に生かすことが、主が私たちに望んでおられることなのですね。

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【2009/05/09 21:01】 | 聖書 | トラックバック(0) | コメント(2)
聖書との出会い
プロフィールにも書きましたが、聖書を本格的に読み始めたのは今年の4月になってからです。それまでに読んだ本の中で一番夢中になって読んだのは、ガルシア・マルケスの『百年の孤独』という小説でしたが、聖書はその本と同じくらいか、あるいはそれ以上に夢中になって読みました。しかも、『百年の孤独』は、繰り返し読みたい、という気がなぜか起こりませんでしたが、聖書は(特に福音書は)何度も繰り返し読みたい、という気を起こさせる本です。

去年、三浦綾子氏の『新約聖書入門』を読んだことをきっかけに、家にあった『世界の名著 聖書』で福音書を一通り読みましたが、わからないことが多すぎたので、今年は別のバージョンの聖書を読みたいと思いました。しかし、家にあったのは、十年以上前に友達にもらった英語の聖書と、どうやって手に入れたのか全く記憶にない英語の聖書の2冊だけでしたので、そのうちの1冊を読むことにしました。不思議なことにすっかり夢中になってしまい、休みの日には朝から晩までずっと読んでいたこともあるほどでした。ただ、注解はついていませんでしたので、わからないことは依然として多かったため、注解付きの聖書を手に入れたいと思うようになりました。ネットで探した結果、注解付きの『新改訳聖書』が見つかり、6,000円以上もする高価な本でしたが、思い切ってアマゾンで注文しました。英語の聖書で福音書を読み終わり、"Acts"(使徒の働き)の途中まで読んだところで、新改訳聖書が届きました。新改訳聖書で新約をまた最初から読んだ後、旧約も読み、最近全部読み終わったところです。現在は、ヨハネ福音書をもう一度読んでいます。

実は聖書以外にも、"The Purpose-Driven Life: What on Earth Am I Here for?"(邦題『人生を導く5つの目的』)という本も読んでいるのですが、その本の著者、リック・ウォレンは、聖書をただ読むだけでなく、自分の理解したこと、自分の考えを書いてみるように勧めています。そこでその勧めにしたがって、聖書を読んで私なりに考えたことをこのブログに書いてみることにしました。「それは私的な解釈で、間違っているのではないか」と思われる場合は、コメントをいただければ嬉しく思います。どうぞよろしくお願いいたします。

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【2006/10/17 22:09】 | 聖書 | トラックバック(0) | コメント(1)
英語と日本語で聖書を読む


英語の聖書と日本語の聖書(新改訳)の両方について、私なりに理解したことや、聖句によって教えられたことなどを書いていくつもりです。読者の皆さんにとっては、英語の勉強にもなると思います。

プロフィール

crape myrtle

Author:crape myrtle
企業の英語研修や、成人対象の英会話クラスなどの講師をしています。2006年の4月から本格的に聖書を読み始めました。聖書は英語で読んだほうが日本語で読むよりも理解しやすい場合が多いような気がします。

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